日本のうたごえ祭典in広島 旅行記

日程  2005年11月4日(金)〜6日(日)
場所  アステールプラザ、厚生年金会館、県民文化センター、平和公園ドーム前、グリーン・アリーナ

 広島の祭典がやってきました。11月4日から6日の3日間。広島の平和公園近くの会場で行われました。関西合唱団は4日(金)に行われた合唱発表会の「一般の部B」に参加。曲目は大阪の合唱発表会と同じ「炎の歌」(外山雄三作曲)より「鐘」と「ひとつのピース」(安広真理作曲)。何とか40名近いメンバー(昨年の沖縄より10名近く多い)で合唱発表会に臨みます。その合唱発表会の演奏はどうだったでしょうか。
 その道中記を簡単にまとめてみました。ただ、残念なことに会場やリハーサルの様子を撮った筆者のカメラが故障し、写真が全て失われてしまいました。アルトのFさんのカメラを借りて途中から参戦し直したため、前半部分が欠けてしまいました。残念!また、団長が撮りためた写真も使わせていただきました。


 
4日(金)は多くの人にとっては仕事がある日です。団員は仕事を休んで朝から駆けつけるのですが、前日の3日が祝日なので、その日から広島に来て宮島の観光や、平和公園、原爆ドーム、資料館に行って学習する人など様々でした。3日の様子は一番下に掲載しました。

 午前中に団員は合唱発表会(アステールプラザ大ホール)に集合。会場に着くなり響きのチェックをしたのですが、天井にあるべき反響板がないのです!これにびっくり。合唱発表会を途中まで聞き、やはり会場の響きのくせを実感。名残惜しくも途中で会場から出てロビーに着替えて集合。リハーサル室でリハーサル。意思統一をして本番に臨みました。その後にある「一般の部A」を聞きたいのですが、すぐに会場を移動して音楽会「ピースウェーブコンサート」のリハーサル。最後に歌う「うたごえよ、高らかに」を作曲・指揮の池辺晋一郎さん、ピアノ:門万沙子さんでリハーサル、続いて「炎の歌」全曲のリハーサルを指揮:猪原龍吉さん、ピアノ:村上弦一郎さんで行いました。練習中にピアノの村上さんが一時席を外されたのにはびっくりしました。日本のうたごえ合唱団に参加している団員は更に浅井敬壹さんの指揮、門万沙子さんのピアノで練習しました。そんな強行スケジュールの間に団の恒例行事、演奏会CDのと楽譜集(安広真理作品集)の行商はがっちりさせていただきました。大阪から団員一人ひとりが持ってきているのです。(このCDは2枚組でたったの2000円。著作権協会にも届けているものです。)厚生年金会館大ホールは響きが良く、やっと安心できました。
 そして、本番。
 コンサートが終わり、みんなそれぞれのホテルに帰るのですが、今回は違いました。なんと演奏教育部長のテノールYさんが大阪にいる間に宴会場を確保していたのです。なんて手際の良い・・・、ところがその理由がすぐ明らかになりました。作曲でお世話になった安広真理さんがこの宴会に参加するのです。さすがファンクラブの会員番号3番(ちなみに1番、2番は指揮者、副指揮者です)は伊達ではありません。というわけで、その宴会からしか写真がありません。トホホ。

前日から来た団員は朝から平和公園に行きました。朝から何人もの方が慰霊碑を訪れていました。 原爆ドームの近くには修学旅行と思われる高校生の団体がボランティアの方の説明を聞いていました。手の空いている方とお話をすると、祭典のコンサートのことも聞いているとのことでした。 なぜ、ドームの骨格が残り、他の屋根が崩れてしまったのか、原爆の様子は・・・などほんとにたくさんのお話を聞くことができました。
会員番号2番の副指揮者が紹介しているのが安広真理さんです。団員が30名ほど集まりました。 会員番号3番の演奏教育部長が今日のコンサートについて語気を荒げて話しています。団員からも次々と意見が出ます。しかし、だんだんお酒が入ると・・・。 明日からも強行スケジュールは続きますが、団単独の取り組みは終わり、少し肩の力が抜け、この宴会で緊張感は吹っ飛び、ただの酔っぱらい集団になりました。

 5日(土)は団としては合唱発表会後にある6日のコンサートのリハーサルだけです。各自、合唱発表会の「職場の部」や「交流の部」(アステールプラザ大ホール)、「小編成の部」(同プラザ多目的ホール)、「女性の部」や「親子の部」(県民文化センターホール)に参加したり聞きに行ったりしました。そして、夕刻の4時から原爆ドーム前の平和公園親水河川敷で行われる「いのちのハーモニー」のコンサートに出かけました。
 このコンサートは野外で行われるもので、実に幻想的な雰囲気となりました。出演者の中には我が団出身で現在岡山で活動しているフリーダムも。平の団員の我々は原爆ドーム側から川越しにコンサートを見た(聞いた)のですが、団長はスタッフとしてかなり近くまで入り込んでいました。大変感動的なコンサートになりました。会場整理をしている人がさっきまで他の会場で裏方や小編成などで歌っていた広島合唱団の人であったりして、その奮闘ぶりも感動的でした。広島の皆さんありがとうございました。
 この後、県民文化センター大ホールで明日のコンサートのリハーサルです。我が団は広島祭典の成功に貢献すべく、4日の「炎の歌」と6日の全国うたごえ合同のための練習を重ねてきました。全国で活躍している指揮者が1曲1曲交代で指揮をする、その指揮や音楽作りの違いが楽しめる企画です。
 その練習が終わるとやっと1日が終了。またまた、夕食を兼ねた宴会です。有志でホール近くの創作料理の店に入りました。

いのちのハーモニーのステージ。とっても幻想的な雰囲気のためか、ステージの思いが良く届いてきます。 観客は対岸で腰を下ろして聞きます。コンサートの最後には渡された光るスティックを振って一緒に歌いました。 ステージ側から見た原爆ドーム。
コンサート後の練習会の様子。こんなにたくさんの人が練習に来ました。しかし、本番はもっと多いとか。練習もしないで出ていいのかな? 池辺晋一郎さんが編曲された「アメージンググレース」を指揮されます。そして次々と指揮者が交代で曲の練習をしていきます。 我が合唱団の副指揮者Yさんの指揮で女声合唱「一本の鉛筆」。
守屋博之さんの指揮で「墓標」。 最後は浅井敬壹さんが「大地讃頌」の指揮をされて今日は全て終了。午後9時でした。 ということで今日も夕食を兼ねた宴会。10名ほどが参加しました。

 6日(日)は朝から大忙し。8時半頃より「大音楽会 ヒューマンフェスタ」のリハーサルが開始されるのです。団員は帰りの荷物を持って会場のグリーン・アリーナへ向かいます。会場では荷物置き場を兼ねた体育館でリハーサル。その後、アリーナに入り座席を決めて座り、順番に最後の通し練習をしていきます。いきなり人数が増え、危なっかしい間違ったメロディーが聞こえてきて心配。おまけに客席に乱立するマイク。この前で歌うかどうか出音楽会の善し悪しがかわってしまうかもしれません。
 このコンサートの最後には「ねがい」をきたがわてつさん、ナターシャ・グジーさん、キム・ウォジュンさん、大洲中学校の生徒さん、そして会場のみんなで歌いました。大型画面からはアフリカやベトナムで歌われている様子が映し出され、大変感動的な舞台になりました。これは翌日の朝にNHKの全国版のニュースで流され、12月18日の昼にはもっと長い編集で再度放映されました。いつも安広真理さん作曲の「ねがい」を歌っているのですが、高田龍治さんの曲もとってもステキに思えるようになりました。
 本番後、予定はなかったのですが、事業部の片付けを手伝った後、そこに残っていたメンバーで記念写真、広島焼きで乾杯し、新幹線に乗り込みました。

団員の鏡、CD売りをするのはテノールのTさん。体育館にみんなが集まる時間を使っての行動です。 女声の合唱練習。指揮者はこんな朝礼台のような所に立たないと見えません。 全員合唱「ねがい」(高田龍治作曲)の指揮は安広真理さん。
大きな会場です。頭上には大型画面があり、うれしいことにこちら側も見ることができました。 我々はこんな場所から歌います。目の前にマイク。こんなんで本当に大丈夫なのでしょうか。 舞台袖で準備する守屋さんと門さん。左の舞台監督は我が団の定期演奏会でいつもお世話になる森さんです。
田楽「壬生の花田植」のリハーサル風景。合唱席からもよく見えます。 「ねがい」のリハーサル風景。前列左端からきたがわてつさん、グジー姉妹、キム・ウォンジュンさん、指揮の安広さん、大洲中学校に皆さんです。 我が団長はこの間、歌は歌わせてもらいません。会場の「よろず相談所」?にいました。写真を撮る直前、通りがかった大洲中学校の生徒に紅葉まんじゅうを配っていました。
残念ながら(あたりまえですが)本番の写真はありません。これはアリーナの入り口に掲示された合唱発表会「一般の部B」の成績です。 帰りにアリーナ横の広島市民球場前で賞状を手にして記念撮影です。 最後の記念に広島名物のお好み焼きにチャレンジ。奥ではもう神戸市役所センター合唱団の青年幹部が陣取ってできあがっていました。
帰りの新幹線ではこのようにラッキーにも気持ちよく寝られた人たちもいましたが・・・。 目を益々ランランと輝かせ、交流タイムと称してしゃべりまくる人たちもいました。ほんと疲れを知りません! おまけです。我が団長が祭典の打ち上げで撮ったナターシャ・グジー&カーシャ・グジー姉妹です。ほんとにきれいです。いや、なに声がですよ。

 3日(水)に広島にいた人たちの写真も少し紹介します。京都から参加する人もあわせて10人ほどで新大阪駅で待ち合わせたのですが、筆者も含めて何人もが遅刻。宮島観光は2手に分かれてしまいました。遅れを取り返そうとしたのに、JRが人身事故で止まってしまい、広島電鉄の代替輸送になりました。これが時間がかかり、大幅に遅れてしまいました。先発チームは写真のように順調に予定をこなし、平和公園に行き資料館も見てきました。

宮島に行き、すぐに厳島神社へ。後発チームが来る頃には潮が引いて大鳥居の所まで人がいっぱい降りていました。 名物の穴子飯。結構な値段ですがみんな大奮発。ところが後発チームは追加で生牡蠣やビールまで注文していました。 先発チームが平和公園に着く頃にはすこし日がかげってきました。

 やはり演奏している写真が欲しいですね。何とか手に入らないものかな。他のグループの写真や記事も募集中。【テノール S】