若谷冬子先生を偲び うたごえ を語る会 のご案内

 新緑の候となりました。皆様にはいかがお過ごしでしょうか。
さて、若谷冬子先生が昨年5月24日、お亡くなりになってはや1年が来ようとしています。
 1948年9月、関西合唱団が青共合唱団として活動を開始した当初から、1982年まで永年にわたって、あるときは行動的な組織者として、若者がまず最初に出会う音楽家として、音楽作りの要として、あるときは活動を支える財政担当として活動をされてきました。
 ここに没後1年を機に下記のとおり 「若谷冬子先生を偲び、うたごえを語る会」をもちたいと思います。先生とともに活動したうたご運動初期のOB、その音楽に先ず出会ったOB、先生がかかわってきたサークルの関係者、世代を超えた現役団員などが一堂に会して、先生を偲び、先生について語ると同時に、お互いの近況や、自らの「うたごえ」にたいする想いを語り、大いに歌い、親睦を深める集いにしたいと思います。
 お忙しいことと存じますが、是非ご出席いただきますようお願い申し上げます。
2004年4月吉日

開催日時 2004年12日(日) 午後1時〜3時
開催会場 大阪府立労働センター エルおおさか10F宴会場 TEL 06-6942-0001
京阪電車・地下鉄谷町線「天満橋駅」下車西400m
呼びかけ人 岡原 進    柏原信江
宝木 実    中西昭治
西 恒人    守屋博之
吉岡 勝
会   費 お一人 4,000円
申 込 先 関西合唱団
Tel : 06-6962-5482 Fax : 06-6969-1261
大阪市城東区鴫野西5-17-16大阪音楽センター内
e-mail : kansaigasshoudan@ybb.ne.jp

若谷冬子先生を偲んで  関西合唱団創立期から1983年まで35年間、常任声楽講師であった若谷冬子さんが5月24日午前6時38分、大阪府高石市の高石藤井病院で膵臓癌のため死去されました。(享年93歳)
 5月26日(月)午後7時より金光教玉水教会(大阪市北区江戸堀)で葬儀・告別式が行われ、通夜をふくめ150名参列。出棺に際し「花をおくろう」の合唱で見送られました。
 若谷冬子は明治43年12月27日、大阪で生まれました。父は北浜の大商人として、三品取引所で仲買業を営み、母は長唄、清元など唄と三味線が上手でした。冬子は小さい時からお琴を習い、小学六年生の秋、中央公会堂で大阪師団・軍楽隊のオケ伴で「リンゴの嘆き」を独唱し、童謡歌手の新星として新聞に大きく報道され、中山晋平とも新作レコードを出版しました。
 その後、大阪松蔭女学校に進学、声楽家・牛屋龍子に師事。卒業の時、全大阪府連合音楽会でフィガロの「スザンナのアリア」を独唱、音大に入学準備をしていましたが、父が脳溢血で倒れ、もなか屋を開業しました。
 戦争中は、西淀川の工場で働き、大阪大空襲にあい、硝煙のたちこめる火の海をはだしで、伊丹空港近くの自宅まで逃げ帰りました。戦後「二度と戦争をしてはならない、平和な世界を音楽で作ろう」と声楽講師として、1948年関西合唱団創立に参加。声楽家浅野滋仁に師事し、以後うたごえの音楽教育活動に専念しました。
 1954年「日本のうたごえ祭典」で近江絹糸大争議の訴えと共に、全国から集まった100名のセンイのうたごえ「紡績女工はもう泣かないよ」(指揮)が実現しました。その感動の中で、関鑑子の推めもあり「この子たちのために生涯をうたごえに捧げよう」と決意されました。
 若谷冬子から学ぶべきこととして…
 (1) 一切の差別に反対、人間平等と自由の魂に貫かれた生きざま。
 (2) うたごえを広めるため、下へ下へ根を張っていく忍耐強い行動力。
 (3) いつも未来を見つめて、一つ一つの音楽活動の中に時代の真実を引き出し、人々をはげます音楽創造のため、たゆまぬ音楽修行・幅広い専門家との協力、若い才能の発見と育成に努めました。
 私たちは、先生の志を受け継ぎ、音楽で世界に平和を……と決意を新たにするものです。
【宝木実(故若谷冬子葬儀委員長、関西合唱団元団長)】

若谷冬子先生に寄せて  5月24日早朝、宝木実さんからの電話で、若谷冬子先生の計報をうけた。思わず絶句し、50数年前先生との出逢が走馬燈のように心をよぎった。
 日紡に入職してすぐ、ストライキ、自治会分裂の嵐にまき込まれ、その中で若谷先生のうたごえの指導をあおぐことになり、楽しい青春時代を過した、会社のきびしいしめつけの中、1954年日本のうたごえ祭典(東京体育館)に“センイのうたごえ”に参加することになり仲間5人と帰郷の届出をして舞台にたち、若谷先生指揮で「紡績女工はもう泣かないよ」を泣きながら歌った。母のように優しく、うたを愛し平和を愛した先生の教えは決して忘れません。
 私は今、奈良県母親大会(7/6)で「紫金草物語」の演奏に出演するため練習に頑張っています。先生の御冥福をお祈りいたします。
【奈良県大和高田市 Iさん】

若谷冬子先生の13歳の記事
 (大きな画像502KB) 大正12年1月9日(火)

大阪朝日新聞 より