機関紙「くれっせんど」より

2010年6月 1014号〜1017号       バックナンバー  現在

2010.6.24
No.1017
打ち上げで出された感想 〜その2〜
●山本則幸さん(企画委員長・団長)
 まずは主催者代表としてお礼申し上げます。
 関西合唱団の演奏会は団員を含めて160名近くに出演してもらって、成り立っている。スタッフのみなさん、舞台監督、司会、お客さんのおかげです。最後の「Heal The World」がよかった。テノール1のYさんとテノール2のTさんがやりたいと言ってくれた。ソプラノ2のIさんも「青年と一緒に歌いたい」と言ってくれた。青年のみなさんは大きな力を持っている。みなさんが舞台に立つことで団員やお客さんに元気をもたらします。若い力が関西合唱団を支え、うたごえを支えていくと思います。

●ソプラノのIさん(ともに団員)
 守屋さんと知り合ったのは40年前の歌劇沖縄の時でした。中央合唱団の常任をしていた。大阪に20年前に来た。まだまだ自分も歌えるかなと思い、自分が歌える喜びを感じられた。指揮をする人に集中して、歌を仕上げることの大切さ、声を柔らかく出す方法。今までなかなかしてこなかった。この次はもう少し控えめに声を出していこう。

●テノールのKさん(ともに団員)
 4つの団で指揮をしています。歌うことがしたくて、今回初めて歌う団員で参加しました。84年の大阪のうたごえで初めて関西合唱団を知りました。今回練習に参加して初めて体操・発声、意志統一等を見せていただいた。歌い手になると気持ちを込めすぎてしまう。どうやって冷静に歌うか?それを勉強中。

●テノールのNさん(60周年記念団員)
 「永遠のみどり」は磨きがかかってきた。リハーサルなど。うたごえの魅力は何ですか?曲数が多すぎるのでは?と言われたりしますが、記念合唱団が入るようになったことも影響しているのかな(笑)。1956年からつかず離れず、今は記念合唱団でやっている。これからも、おんぶにだっこするけれども、一緒にやっていきたい。

●ソプラノ2のKさん(新入団員)
 団員になって初めて歌った。父に選曲が暗いと言われた。来年は、もっと簡単な曲にしてほしい。

●Iさん(青年とともに団員)
 住吉から来た青年です。1曲しか歌ってないけど、ブルースカイもあまり行けてないけど、歌っていきたい。

●ソプラノ1のKさん(演奏教育部長)
 今回は若い人にたくさん来ていただいてよかった。嬉しかった。「Heal The World」も良かった。

●テノール1のSさん(AVANTI、ボイストレーナー等)
 今日(打ち上げ)はソロをしたバス1のTさんもアルト2のFさんもいないし・・・今回は良かったと言ってくれた。CD200枚ほど作成し役立ったかな?CDより練習に参加してほしい。生の声を聞いて音楽づくりをしていきたい。

●ソプラノ2のIさん(「青年とともに」担当)
 練習の時は人数が少なくて・・・。6月10日には20人ぐらいになり盛り上がる。同志社の学生を誘う(宣伝に来た時に・・・チケットもたくさん買ったし・・・)前日に電話して、1日目1名、2日目2名参加してくれた。Tくんの司会も青年らしくて良かった。いろいろ話し合えて楽しかった。このつながりを大事にしたい。

2010.6.24
No.1017
(編集後記)
雨もたくさん降っていますが、あじさいの花もきれいに咲いていますね。(パ)

2010.6.17
No.1016
第75回演奏会 成功!!客席から大きな拍手!
新入団員の頑張りがすごかった!
 定期演奏会は本当にお疲れ様でした。演奏会の最後の拍手が成功を物語っていたように思います。「たましいをゆさぶられました。いっそう、平和への思いを強めました。」「関西合唱団は本当に力量のある合唱団なんですね。」などアンケートでもうれしい感想をいただきました。チケット普及も客席が8割から9割方埋まりました。団員一人ひとり、ともに歌う団員や青年、レガーテや60周年記念合唱団、伴奏者の方々、表や裏のスタッフの方々の様々なご支援、ご協力のおかげで成功することができました。あらためてお礼を申しあげたいと思います。
 今回の演奏は、特に難曲である武満徹作品が最後まで不安を抱え、ハラハラの舞台でしたが、かつてない補習練習などの積み重ねや一人ひとりの努力、とりわけ新入団員のがんばりが、これまでの合唱団の蓄積と当日の集中力とあわせて、一定の演奏を保障できたのだと思います。
 今回の成果と教訓、課題を総括論議の中でひきだし、団全体の確信にしていきましょう。そして、秋のコンサートが引き続き取り組まれます。今回一緒に歌ってくださったともに歌う団員や青年の皆さん、ぜひご一緒に歌っていきましょう。【団長 山本則幸】

2010.6.17
No.1016
お客さんいっぱい!ありがとう!
1405の声援 みんなの力で成功だ!
 前回に続き、普及委員長をさせていただいた武です。みなさまのおかげで何とか乗り切れそうです。厚くお礼申しあげます。
 普及目標1600を掲げて船出したものの、1000を超えたあたりからなかなか進まず、本番2週間前でも1100台でした。絶体絶命!難破する!追い詰められた私は、そのとき「ワールドカップに出発する前から敗戦後のコメントを考える監督」を想像してしまいました。しかし、じわじわ普及の波は広がり、入場者は最終、6月21日(土)681名 6月13日(日)724名 合計1405名。達成率は88%となりました。初日の普及の遅れや二日目の悪天候を考えると健闘したといえます。本番当日もチケットまだある?とか声をかけていただいて、みなさまがぎりぎりまで普及に努力した結果です。本当にありがとうございました。
 また、演奏に責任を持つことが強く求められるなか、普及委員の手不足からいろんな場面で力を貸していただいた方々にこの紙面をお借りしてお礼申し上げます。
 最後に、これから普及委員会で今回の普及活動について、まとめをしていきます。ご意見・ご感想等、積極的に普及委員会までお寄せください。チケット代の精算も速やかに行ってください。よろしくお願いいたします。

2010.6.17
No.1016
打ち上げで出された感想 〜その1〜
 演奏会終了後の打ち上げは参加者47名でした。2日間の感動をたくさんの出演者とともに、スタッフとも共有でき、みんなでつくるコンサートだと改めて感じられました。その中から出された感想です。

●ソプラノ2のMさん(「みんな一緒に」「おてもやん」で打楽器をされた)
 声があまり出ず。病気もしたので・・・、よく舞台に立てたなー。二日目テノールの並びで緊張した。「おてもやん」気分よく歌えた。

●ソプラノ2のTさん(「赤とんぼ〜アリラン」でソロをされた)
 ソロは1日目は気持ちよく歌えたが、2日目は心残りです。今年からソプラノのパートリーダーに。難しい歌が多かったのでパートレッスンを何度か持った。みんな熱心に取り組んでいた、その成果が今日に現われていると思う。心ひとつにして頑張っていた。ソプラノ2のKさんも黙って特団の方に連絡を取ってくれたり、陰で頑張ってくれていた人がいた。すばらしい演奏会だったと思う。

●アルト1のIさん(新入団員)
 昨年は、青年とともにで歌いました。心から歌うためには、しっかり頭に入れないといけないなあと感じ、気持ちよく笑顔で歌えるよう頑張った。「永遠のみどり」は、今の情勢が映し出されていた。ソロのアルト2のFさんにうっとりしてしまい、涙が止まらなくなった。終了後、「感動した」と言ってもらえて嬉しかった。新たな曲に挑戦していきたい。

2010.6.17
No.1016
(編集後記)
今回の演奏会も終わりました。打ち上げで出された感想、ニュアンスが違っていたりするかもしれません。すみません。(さ)

2010.6.10
No.1015
最後まで集中して、楽譜の読み込みとチケット普及を
 定期演奏会本番まであと2日となりました。2月から練習をしてきて4か月、残された2日間、悔いの残らないように準備したいものです。
 招待状をお送りした方から返ってきたメッセージを見ると、関西合唱団が今年はどんな音楽づくりをするのかに注目と期待が集まっています。とりわけ、「永遠のみどり」、武満徹作品の演奏が注目されています。
 楽譜を覚かkえて歌えるようになってくると、練習で一度はできた約束事や歌い方がともすると抜けてしまいがちになります。再度楽譜を見直して演奏内容をチェックするとともに、pやf、デクレッセンドなど楽譜上の表情記号を音符や歌詞の構造とあわせてなぜそうなっているのかを考えながら楽譜を読み込みたいと思います。そして、チケットの声かけをしていないまわりの方はおられませんか。当日チケット預かりコーナーでチケットを渡すことができますので、最後までもれなく広げきりましょう。
 今回の出演者は、関西合唱団員が出演可能な実動団員全員の57名、ともに歌う団員が28名、青年とともに歌う団員が24名、レガーテ37名、関西合唱団60周年記念合唱団40名、AVANTI4名で、重複の人を除いて総勢178名となります。
 関西合唱団の定期演奏会は、いつも合唱団だけではなく、ともに歌う方のお力をお借りして音楽や運動を豊かにしてくることができました。改めて感謝申し上げたいと思います。
 私たちは、一緒に歌いたいという方々、とりわけうたごえに初めて参加する方々とともに音楽をつくることが何よりの喜びです。この秋、10月30日(土)クレオ大阪中央大ホールにて、「日本国憲法前文」でお馴染みのシンガーソングライターきたがわてつさんをゲストにお迎えしてコンサートを行います。きたがわてつさんと一緒に歌う企画や長崎で開催される日本のうたごえ祭典のために作られた「一本のペンで」を歌う合唱団を募集します。ともに歌う合唱団の皆さん、定期演奏会が終わった後も、引き続き歌ってくださいますようお願いします。【団長 山本則幸】

2010.6.10
No.1015
定期演奏会に向けて
●練習が進むにつれ、どの曲も素晴しいなと感じてきました。それぞれの曲の伝えたいものが、どうしたら聴いて下さる人の心に届くのか、難しさも感じています。毎回のレッスンとCD、田中さんのレッスンを受けて何とかたどりついていますが、あともう一歩!舞台に笑顔で立てるようがんばります。【ソプラノ2 I】

●15年前に外山先生の作品と出会って以来、とても美しいサウンドに感銘を受けた反面その重い歌詞については何度と無く考え、歌う意味を自問自答してきました。戦争や原爆という―事実―について少しでも多く知ってもらいたい、改めて考えてもらいたい、そういう思いで今回の“永遠のみどり”をしっかりと伝えようと思います。【ともに歌う団員 バス K】

●2/11から皆勤賞です。特別団員が終わったら、団員に戻りたいです。【元関西合唱団民謡班わだち バス F】

●「呼吸するように平和を語る夏」を歌う時、初めて永遠のみどりに出会った感動を思い返します。本当に大変な情勢です。思いを伝えることが出来るように努力していますが、大変、大変!!【ポマB アルト2 O】

●団に入って3年目の今年・・・今まで以上に練習に参加できず、本当に舞台に立てるのだろうか・・・という状況でした。残業や呼び出しで練習に行けなくて、落ち込んだり、悲しくなったり・・・でも、その分、15分でも30分でも参加できた時の喜びは、ひとしお!パートリーダーの田中さんが、特別に練習日をとってくれたり、ポマBの班の人から、心配してメールをしてくれたり・・・と、関西合唱団ってほんとにあったかいナーと思ったし、皆に支えられながら、何とか、何とかここまでこれたんやなぁと思います。指揮者の方には申し訳ないくらい練習不足の私ですが、あと数日・・・しっかりと歌詞を覚えて、思いを伝えられるよう頑張ります。【ソプラノ2 K】

2010.6.10
No.1015
表現したいもの・4−世界のうた
 今回の定期演奏会プログラムの曲目紹介をつくるためにインターネットで検索していたところ、大発見がありました。「みんな一緒に」という曲は、ボリビア民謡でフォルクローレだと信じ込んでいたのですが、実は、チリのロックバンドであるロス・ハイバスが作った「トドス フントス」という名の曲だったのです。
 どうしてボリビア民謡になったのか・・・?
 この曲は、1972年に来日して一躍フォルクローレブームを引き起こしたアルゼンチンのデュオ歌手クリスティーナとウーゴにより日本に紹介されました。その時はすでに〈作者不詳〉だったのでしょうか。これを、ボリビア民謡として加藤登紀子が日本語歌詞をつけ、「みんな一緒に」のタイトルで発表し広がったのです。
 作者のロス・ハイバスは、翌1973年ピノチェトによる軍事クーデターにより、メンバーは90年代になるまで亡命を余儀なくされ、この曲もチリでは発行・演奏を禁止されたため、〈作者不詳〉となったものと言われています。
 なお、フォルクローレは、音楽界では、南アメリカの民族音楽またはそれをもとにした大衆音楽をいいますが、先のクリスティーナとウーゴやユパンキ、メルセデスソーサなどの歌手が有名です。そして、チリでは、ビクトル・ハラなどアジェンデ人民連合政府の樹立と相前後して抑圧された民衆の抵抗の音楽として「新しい歌運動」が発展しました。日本でもこれらの歌が広く歌われ、その中で「みんな一緒に」も広がったのでしょう。
 何にせよ、〈うた〉も歴史の奔流の中で運命を左右されるのだな、と思いました。そして、〈うた〉には民衆の中で生き続ける生命力があるのだということも・・・「トドス フォントス」は、その後もボリビアを始め南アメリカの多くの若者のテーマソングになっているそうです。ロス・ハイバスの演奏がユーチューブで見られますが、聞いている若者たちはノリノリで手をたたきながら聞いています。
 《世界のうた》で歌う5曲は、本当にバラバラな曲を集めたものですが、いずれも民衆の中から生まれ、民衆の中で歌い続けられ音楽の力を発揮してきたものと言えるのではないでしょうか。(ポピュラー曲2曲もその成り立ちはプログラムノートを参照ください。)
 力まずに、楽しい曲、面白い曲、躍動的な曲、静かな曲、叙情的な曲、優しい曲、それぞれの個性を生かして歌うことで聞いていただく方に楽しんでもらえると思います。【団長 山本則幸】

2010.6.10
No.1015
「林学さんをしのぶつどい」(6/6日)に参加して
 6/6(日)午後から国労会館3Fにて行われました。みんなでうたう会や林さんの曲を歌われてる団体や個人の演奏があり、名古屋から『石黒真知子さん』も見えられて、林学さんとの曲作りについて語られました。
 初期の頃のうた3曲は知らないものでしたが、『印刷の仲間』の「文選工」や「解版」についても宝木さんの説明で理解できました。演奏された団体の林さんへの熱い思いも語られ胸が熱くなりました。石黒さんの「林さんは湿っぽいことを嫌がっているはず・・・」にみんなで歌いかわすときは明るく歌えたのでよかったなと思いました。
 石黒さんの話も1980年代から林さんとコンビで「おくりもの」が作られ、その後も次々作られ、その時々の思いも語られました。二人を巡り合わせた浜島さんのことを思って作られた「ハイタッチ」もリハビリに通う浜島さんがそこの人たちの希望の星であり、石黒さんをも励ます姿に思いをはせて作られたことを語られました。今期研究生の1曲目でもあるので、話を聞けてほんとによかったなと思いました。【アルト2 S】

2010.6.3
No.1014
月例エッセイ
守屋博之
 今度の演奏会でうたう武満作品や「永遠のみどり」は、新しい団員の人にはとても難しかったと思います。だが先日の福島区民センターでの練習では、みんなの今までの粘り強い努力のおかげで、油断しなければ良い演奏になるであろうことが見えてきました。
 そのことと、もう一つ先日の練習を終えて気がついたことは、関西合唱団の課題の一つと言われ続けてきたソプラノの声が、そろいはじめ、ピッチが下がらず響きのある声になりつつあることです。自分の出す声を意識し他の声を聞きながらうたう人が明らかに増えています。これは、本当に嬉しいことです。
 長い練習を積み重ねた上、響きのいいホールでお客さんに聞いてもらうと合唱団の力は飛躍的に前進するものです。日本のうたごえ祭典や秋のコンサートでは一皮むけて、より成長した演奏が期待できそうな気がします。
 そのためには、まず数日後のいずみホールです。
 演奏会の前日にはもう一回すべての楽譜をよく見て、うたう歌をイメージすること。体調を整えることに最大の関心を払うこと。当日は指揮者に集中しながら会場にいる一人ひとりに歌いかけること。
 練習で出来たことをすべて実現すれば、演奏会は必ず成功するにちがいありません。
 ステージでは、のびのびと歌い上げようではありませんか。【常任指揮者 守屋博之】

2010.6.3
No.1014
定演にむけて!!
●初めての参加です。あと、2回の練習で演奏会。ここまでなんとかこれたなぁ。しんどいけれど楽しかったです。「永遠のみどり」を歌えること。老若男女、大勢の方達と歌えること。指導していただく中でいろいろ学べたこと。「ありがとうございました。」皆さんと、すてきな演奏会を作りましょう。ドキドキ。【ともに歌う団員 ソプラノ T】

●福島区民センターでの練習で、歌いこみが足りなくて、心から歌えない曲がいくつかあった。反省し、焦りを感じている。あと一週間。そのハードルをこえて、もっとのびやかに表現できるようになりたい。聴いている人の心に、まっすぐにメッセージを届けたい。昨年以上に、みんなと練習を重ねてきた成果を発揮できるように、精いっぱい努力したい。【ソプラノ2 T】

●うろ覚えの時から「楽譜を見ないで」と言われた時は反発しましたが、アレで良かったのかと思える今日です。でも忘れるのも早く、とにかく練習々々の日々です。【ソプラノ2 I】

●「どろんこの沖縄」考
先日「どろんこの沖縄」について、梅雨のシーズンに沖縄戦が行われたと教えていただきました。私はそれ以外にも意味を持っているかと思います。一言でいえば、沖縄はこれまで誤った政府の「泥をかぶってきた」ということです。まず米軍による地上戦が行われ、20万を超える人々の命がうばわれたこと。つぎに27年に及ぶ米国の占領、さらに沖縄の18%が米軍の基地なっている現状、経済の低迷など、いくつもあげることができます。さらに泥沼から脱出できるかも知れないと期待させ、再び泥沼に蹴落とそうとしている鳩山内閣。まさに「どろんこの沖縄」ではないでしょうか。【バス2 I】

2010.6.3
No.1014
表現したいもの・3−「永遠のみどり」その2
 「永遠のみどり」を定期演奏会で演奏するのは今回で3回目となります。29年前に初演したときは、原爆の被害だけではなく加害の視点からとらえた「ヒロシマというとき」の詩に衝撃を受けたことを思い起こします。初演の翌年(1982年)に、中国侵略を「進出」と書き換えた教科書問題が起き、中国、朝鮮などアジア諸国への日本の侵略戦争と植民地支配が議論されたことを考えると、この曲の先駆性が感じられます。
 初演の際、練習の中で、作曲者の外山雄三先生が「『はがゆい』はコマーシャルソングのように歌ってほしい。」「(『ヒロシマというとき』は)音を低くしたところは、あまり声が出ないように考えた箇所。pにしたところは大きな声に出せない内容(声に出すのが恥ずかしい)である。」と話されていたことが印象に残っています。私は、「ヒロシマといえば、ああヒロシマと返ってくるためには、捨てたはずの武器を」「その日までヒロシマは・・・」という部分がそういう箇所か、と考えます。ヒロシマ・ナガサキのある国でありながら外国基地を抱え、「核の傘」の下にあること・・・この矛盾の自覚無しには唯一の被爆体験が説得力を持ち得ない。過去の被害と加害の複合的自覚を持つとき、初めてアジアをはじめ他国民との連帯が可能になることをこの曲は歌っています。
 今まさに情勢の発展の中でこの曲の輝きが鮮明になってきています。第1曲「ひとつの夏」の「どろんこの沖縄に戦争の影を作らない夏」が具体的な実感を持って歌えるのではないでしょうか。「基地に軍隊が存在することで平和と安全が保てる」「核兵器を持つことで自国の平和が保てる」という思想ではなく、沖縄の人たちが求める「基地のない沖縄」、世界の人々が求める「核兵器のない世界」という声は力強く普天間で辺野古でニューヨークで響きました。
 4月25日の沖縄県民集会で普天間高校2年生の岡本かなえさんは、「沖縄に基地があること、この問題をしかたがないから、と考えるのをやめていないか。私を含めて、いま一度多くの方に考えてほしい。みんなが、それぞれの立場で、もう一度基地問題に向き合ってほしいと思います。私たち一人ひとりが考えれば、なにかがかわる・・・」と力強く発言しました。「やさしく愛し合う多くの心が結ばれる夏」が沖縄にはありました。
 いま、この曲を歌うことの意味を一人ひとりが心に刻みながら、歌詞を読み込んでいきたいと思います。【団長 山本則幸】

2010.6.3
No.1014
〈アメリカはなぜ辺野古にこだわるのか〉
 今年の春、発見された「沖縄核密約」には、嘉手納、那覇、辺野古には、核貯蔵施設があり、有事には核兵器を更に運びこむことが、書かれている。これが沖縄の抑止力の正体である。−これは、今日5月27日の毎日新聞の記事から取りました。
 今、国中で話題になっている沖縄の基地問題も、核兵器を盾に世界を我が手にしようとしているアメリカの意図を拒むかどうか、ということのようです。被爆者の思いを伝えるのが「永遠のみどり」を歌うことだと思って練習してきましたが、今、「異国の基地を撤去せねばならない」「よごれた手を清めなければならない」など、一節々々の意味の重さを痛感しています。
 こう考えたりして来ると、この短い組曲が、核兵器というとてつもない大きな問題をすみずみまで汲み尽くしているなあ、と思っています。【アルト1 B】

2010.6.3
No.1014
『チケット普及を取り組むにあたって・・・』
 チケット普及に当たって、何も特別なことはしていない。
 チラシができ、チケットができあがってくると、思いきってえいっと気合を入れ、電話かけを始める。昨年、来てくださった方に今年もまた来ていただけないか、と。ほとんどの方が都合が良ければOKを出してくださる。電話するのは元職場の人がほとんどである。地域の人には、直接誘いかけるのだが、馴染みが薄いからか、押しがないからか、OKの人は少ない。手紙でお誘いする人も少しはいる。演奏会に来ていただいた方にはお礼の葉書を出す。
 こんな方法でやってきているのだが、これは仕事をしていなくて時間的に余裕があるから私は出来ているのだと思う。
 普段は会うことのない人が殆どなので、演奏会後に会うのが楽しみである。【ソプラノ2 K】

・・・・大したことはしていないんですよ・・・と喋られながら、それを毎年続けている。今からでも参考にしなくては・・・。

2010.6.3
No.1014
(編集後記)
毎日みる空、青い空、くもの空、どこまでもつづいている。いろいろ考えながら、ながめるのも、楽しいですね。(ば)